セラピーの部屋 その四

 セラピーの部屋に入るといつもベルガモットの香りがする。セラピーも回数を重ねるごとに、楓は部屋に案内されてベルガモットの匂いを嗅ぐだけでリラックスするようになった。その香りも、セラピーを終えて部屋を出る時には体が慣らされてしまい、もう意識されることはないのだが、楓の気持ちを落ち着かせ、毎週、懐かしいと思わせる作用があった。楓はいつも通りセラピストに案内され部屋へ通された。楓が部屋に入ると、セラピストは開けていた窓を閉めた。前のクライアントの匂いをリセットするかのようにセラピーとセラピーの間に空気を入れ替えていた。楓は、この部屋で、他の誰かの痕跡(Spuren)を感じたことはなかった。

「私は、ずっと結婚したくないと思っていました。そして、両親にもはっきりと結婚を期待しないでほしいと言い続けてきました。自分の将来の家庭というものが、どうにも描けないのです。その上、家庭像のようなものを常に暗い雰囲気が覆っているんです。憧れも、希望も、全く持てません」

「でも、それが変わったんですね」

「そうです。結婚くらいしても良いと思いました。でも、やはり家庭の具体的な像を結ばない点では、以前と変わり映えしません。パートナーがいても何の希望もないというのが辛くて仕方ありません」

「家族像(Vorbild)を今、描けないことに何か問題を感じていますか?家族という概念(Begriff)はあなたにとってどのようなものですか?」

「家族と聞くと、私の日本の家族を一番最初に思い出します。つまり、私、父、母の三人です。日本の家族に対する私の帰属意識が強烈なあまり、私は他の家族像を描けません。それは、とても残念でもあります。私には、パートナーがいるのですから。家族という概念に付随するイメージは、とてもネガティヴなものです。例えば、喜びに満ちているわけではなく、常に何かを我慢しないといけなくて、ストレスを感じるもの。そして、比喩的な意味ではなくて実際に視覚的にそうだったのですが、部屋のカーテンを閉め切っていてとても暗い。そういうイメージが最初に浮かんできます」

「自分が経験した家族がネガティヴなものとして浮かび上がってくると、それをもとに家族像を描くのは難しいですね」

「そうですね。ネガティヴな点から思考し始めないといけないですね。それで、本当に何の像も結ばないんです。普通、人は家族像一般(allgemeine)を持っているものですか? それとも、あるパートナーとの家族像として個別具体的(konkret)なイメージ(Vorstellung)を持っているものですか?」

「家族像一般や、誰かの具体的な家族像についてよりも、あなたの家族像を一緒に探っていきましょう」

「例えば、子供を、それが数年後という先のことであっても、持つということに対する実感が私には全くありません」

「それは、そもそも子供が欲しくないということですか?それともいずれ持つかもしれない子供のイメージが持てないということですか?」

「両方です」

「子供を持つことも、持たないことも、どちらも同じようにイメージを持てないという感じでしょうか」

「そうです。その通りです。私も、『家族』という時に日本の家族に引きずられますが、日本にいる両親も、『家族』というと我々三人のことだけだと考えていると思います。私の両親は、未だに私のことを彼らの庇護下に置きたがります。私は今外国に住んでいるのに、私のこちらでの生活に対してものすごくいろんなことを言ってくるんです。心配だというのも分かるのですが」

「日本に帰りたくなることはありますか?」

「美味しい日本食を食べたいとか、温泉に入りたいというのはあります」

「それは、生活様式(Lebensstil)に対する憧憬(Sehnsucht)ですね」

「日本の実家には……ドイツ語ですと両親の家(Elternhaus)なんですよね。実家と言うと、うっかりそれが自分の家(mein Haus)であるかのような錯覚に陥ります。この点に関しては、ドイツ語の方がより厳密で正しいと思います。それで、日本の実家には、もちろん私の場所はあります。でも、それは私の両親が私に与えた空間であって、私自身が築き上げた空間ではないんです。疲れている時なんかに日本のことを思い浮かべることがありますが、実家でゆっくり(sich erholen)できる気がしないので、あまり帰りたいという気持ちになることはありません」

「家に帰ると、一人の大人の女性(Frau)としてではなく、子供(Kind)として迎え入れられるというのは、場合によってはとても楽なことでもあると思うのですが、あなたの場合は逆なんですね。どういう家族像を描いたらいいか、というのを考えるより、何故あなたが今、家族像を描くことを強く願っているのかを考えるといいかもしれません」

「どうして私が家族像を描きたいという強い欲求があるのかをテーマにする、という視点はありませんでした。ところで、どんな家族像を築きたいか、というテーマは、私の将来像とも関係すると思います。家庭像を描けないということは、自分の将来を描けないということと連動します」

「日本にいるパートナーとの家庭像はイメージできますか?」

「私の生活の基本的な部分はそんなに変わらないでしょうから、私自身の生活という点では数年後までイメージできます。主に仕事を続けているというイメージです。でも、彼が私の人生に入ってきたとたんに、そのイメージは胡散霧消してしまいます」

「パートナーとの生活が具体的に思い浮かばず、日本の家族像も暗いもので、両者の間で揺れていることが、家族像に対する欲求となっている印象を受けますが、どうですか?」

「だいたいそのような感じだと思います」