心と体の話

「普通」の人生――私の日本での性、オーストリアでの性

私は、もし日本にいたら、絶対に子供は欲しくないと思っていた。女の子だったら、潜在的被害者を生んでしまうことになり、男の子だったら私の憎しみの対象を生んでしまうことになるからだ。もちろん男の子が被害者となり、女の子が加害者となることもある。しかし、私が経験してきたのは違った。ここでは自分の経験をベースに、自分にとって具体的なことだけにまずは焦点を絞って綴りたい。だから、「でも、こういうケースも、こんなケースもある」というところまでは話が追い付かないのをご了承願いたい。なぜなら、今からここに描きたいテーマは、個人の心と体に関するものだからだ。                

今私が住んでいる社会は日本とは違う。だから、以前否定していた「子供を持つ」ということを、今までよりは一つのあり得るオプションとして考えられる。それでもまだ、積極的に欲しいとは思わないので、一つの、他に比べるとかなり小さなオプションであるにすぎないが。

結婚して子供を産み、育てるという人生を自分のものとして描ける人が正直羨ましいと思う。もちろん、今どき別に、結婚・出産・子育てが「普通」だとは言えないだろうが、いざそれらを前にすると、以前にも増して「勘弁してくれ」という気持ちになる。

 

後天的にアセクシュアルとなった私

私は、性的に何も感じられない。男性から奪われてきた経験を通して、私は何の性的興奮も得られなくなってしまった。それまでは、私は自分の体はかなり敏感な方だったと思う。美容院で髪を洗ってもらう時に頭に触れられるだけで、腰のあたりが痺れるようにゾクゾクした。心地よい心臓の高鳴り。緊張。ちょっと触られるだけでそこから体全体が痺れる感じ。そういうのは、気付いた時には一切なくなっていた。私の体は何をされても同じになった。大切な人に触られても、他のどうでもいい誰かに触られても、私の体は同じ反応をする。正確には、無反応という反応だ。だから、私は自分の体の反応から、その人を自分が本当にどう思っているのか逆検証することができない。嫌な人に触られると気持ち悪い、好きな人に触られると心地よくて安心する、あるいはとても興奮する。そういうのが全くない。もちろん、そんなに好きでもない人に触られて、体が気持ちいい時と同じように反応することもあるだろうし、それについて、後から罪悪感や嫌悪感を抱くこともあるだろう。どうやら私の体は、そもそも反応する手前ですべてをオフにすることにしたようだ。良い刺激に対しても、悪いそれに対しても、常にオフなのだ。私は体でも心でも何も感じられなくなった。

どうせ誰に触られても同じことだし、そもそも触られることと触られないことの区別さえつかない。裸でも恥ずかしいと思えない。人は性的な領域に踏み込むときに、この辺りから性的領域だという線引きをある程度できるんじゃないかと思う。けれど私は、普通に相対して会話しているところから、手を握られ、服を脱がされ胸を触られ、男性に性器を挿入されるに至るまで、ただただ淡々とした気持ちでいる。性器の挿入までの間に、ここからは一線を越えているという感覚がまるでない。服を着ているのも、着ていないのも、普通に会話しているのも、股間をまさぐられているのも、大した違いを感じられないのだ。自分で触るのも、他人が触るのも、全く同じだ。違いをいちいち感じていては生きてこれなかった。そうでなければ、嫌なのに手を握られ、腰を触られて、ホテルに誘われ、手をつかまれて強引に顎を触らせられて、手の甲に、あるいは唇にキスをされ、といったことに耐えられなかったのだろう。嫌な人に触られて気持ち悪く思うという感覚を、ずっと押し殺してきた。だから、実際に誰かに触られた時に、警報機の役割を果たすであろう「気持ち悪い」という感覚さえ湧かなかった。気持ち悪いと感じたが最後、自分にとって破滅的な結果が待っているようで、無自覚に恐怖も味わっていたのかもしれない。感覚器官をオフにすることでしか、私は生きていくことができなかった。

そして、今、私は、もう感覚器官をオフにしなくてもいいのに、もうずっとそのスイッチがオンにならない。スイッチは、どっかで壊れてしまったようだ。それってどういうことか。心と体の反省性Reflexivitätが失われたということだ。心と体の交流が一部断ち切られた。双方がつながっているうえで両者は生きることができるのに、そのつながりが経たれると、両方半分死んだようになる。そして、心と体のReflexivitätが失われると、両者の交流は完全に断たれてしまう。心は体の快・不快の反応さえ認められず、体は心が感じていることをそのまま受け止めることができなくなる。心は、体が誰のことを好きと言っているのか分からない。体は、心が本当に感じていることをそのまま知覚できない。

私は、後天的にアセクシュアルになったのではないかと思うのだ。

私の憎しみの対象は一人ではない。複数いて、ひっ絡まっている。だから、特定の誰かを具体的に嫌悪することができない。誰かひとりのせいにできたら、もっと楽になれるような幻想を抱くことがある。私は、まるでいろんな人にちょっとずつなぶり殺しにされたみたいだ。私の感覚は一部殺されてしまった。

 

風俗について

私は、女性用の風俗に関心がある。日本にいたら確実に利用していただろう。もしかして、私の壊れたスイッチが、またもとのように機能するかもしれないという一縷の希望を抱いているからだ。死ぬ前に新しい世界を見れるなら、それに賭けても良いのではないかと思うのだ。

あるいは、自分自身が風俗で働くことを夢見ている。どうせ触られるなら、金をもらって触られた方がフェアだと思う。卑怯にも私から対価もなしに奪うのが当然とするなら、私はそれに対して対価を求めたい。お触り代を請求する。これはすこぶる正当な要求だと思う。しかし、金が介在することによって、(ここでは主に多数派である)男女の関係は一層それがどのような力の不均衡を背後に秘めているか、明らかになる。最もそれが端的に現れるのは性風俗だろうが、性風俗の労働環境さえいまだに正当に守られていない。性風俗は、ひとつの労働として認められず、犯罪のように扱われている。性風俗の非犯罪化が進み、きちんとした労働条件が整うことで、初めて金銭を媒介にした時にせめてもの性の平等が実現し、性風俗をきちんと保護することで社会に根差した性の構造的不平等がゆくゆくは解消されていってくれないものかと思う。もし、人々が女性に対する名誉殺人が内在的批判を受けないような国や社会をどこかで野蛮だと思っているのだとしたら、日本にも同じような野蛮なものが通底しているような気がする。男女間で、いや、女性間でも男性間でも権力関係や単純に物理的な力関係が介在する中で、せめて金銭を媒介にする時くらい平等でありたいと願いたい。しかし、実際は、金銭が媒介することで両者のいびつな関係が浮かび上がることになる。私は、それでも、私に無断で触ってくる人たちに金を要求したい。それがささやかな抵抗だからだ。

 

私の性の話

どうせ私の中の一部は死んでいる。どうせ快楽は得られない。死ぬまでない。それが分かっていながら生きていくのは辛い。だって、半分もう死んだ状態で生きていかないといけないから。Living deadとはよく言ったものだ。私は時々注射器で自分の血を抜き取る瀉血をする。半分死んでいる状態から、さらに徐々に死に近づいていく感覚。最初の半分は自分でコントロールすることはできなかった。しかし、次の死への接近は自分でコントロールできるのだ。これによって、私はようやく自分が自分の生をコントロールできているという実感を持つことができる。結局、死に近づいちゃっているが、それでしか性を殺された生を確認することができないのだ。フランス語ではオーガズムのことを、La petite mort(小さな死)って言うらしい。それって究極的な生みたいだと思う。オーガズムは、私にとっては、「まさに今を生きる感覚」だ。一方で、オーガズムを感じないということは、今を感じ取れないということだ。他方、私は過去に支配されている。未だにフラッシュバックがあるのだ。過去が、当時の色と匂いと感覚とを伴って、今の私を犯す。それは、完全にオートマチックに生じる体の現象であり、意識がどうのこうのといった理由付けをゆっくりする以前の段階のものだ。意識以前の問題に、意識は太刀打ちできない。だから、当然、「なんでそう感じるのか?こう感じればいいじゃないか」という親切なアドバイスは意味をなさない。私はバカではない。私の頭脳は、すでにそういう模範解答を織り込み済みで働いている。それでもフラッシュバックを防ぎようがない。なぜなら、意識が生じる前、すでにシナプスは発火しているからだ。私は、オーガズムを感じられるようになったら、フラッシュバックがなくなるのではないかと思うことがある。なぜなら、オーガズムによって自分の心と体が、しっかりと「今」の生につなぎとめられるからだ。きっと、そこには過去の侵入はないのではないだろうか。私のささやかな希望はそこにしかない。そういうことを考えると、先ほどのLa petite mortは、意識に邪魔されない現在のことを言うのではないかと思うのだ。生を、意識が統御しているものだとするなら、意識の反省性に邪魔されないオーガズムの瞬間は、生の反対、死としてとらえられるのも頷ける。

障がい者の性

私は障がい者性風俗に関心がある。

障がい者。性欲がないと見なされることが多い人たち。

知的・精神的・身体的障がい者×性=タブー×タブー

性欲は個人だけの問題ではなく、社会の問題でもあるということが、障がい者の性欲を見る時に分かるのではないかと思う。

障がい者用の、正確には障がい者の「男性」用の射精サービスというのがある。利用者は、親が亡くなって、自分の事を自由に何でも決められるようになってからの四十代以上に多い。性欲の高まる十代、二十代に自分の意志で性的欲求を管理することがほとんどできない状態で過ごし、四十代になってサービスを初めて利用し、中には三十年ぶりに射精したという人もいるらしい。障がい者の性も、まだ男性を対象にした射精サービスが主で、女性障がい者の性の扱いに関しては、十分に開拓されていないように思われる。

障害のある人で、たとえば男性だったら死ぬまで自分の意志で射精できない人がいる。私は自分のことをもう諦めている。三日に一遍くらい、さっさと死んでしまいたいなと思いながら。だからこそ、障害を持つ人には、社会の制度が整うことで、自分の性的尊厳を取り戻せるなら、それを取り戻して欲しいと思う。性は社会的な尊厳の根拠になりうる。共に性的尊厳を奪われた状態にあるという点で私は彼らに対して親近感がある。私はもう羽ばたけない。でも、君たちだけは羽ばたいてくれ。そんな気持ちになるのだ。

私は風俗(で働くこと)に関心がある。ひとつは、自分が何も感じられず、誰に触られても同じだから。ふたつめは、何の対価もなしに男性に触られて不快な思いをしたことが何度もあったから。掠め取られていくのなら、まだ金をもらった方がましだと思った。そして、最後に、性的尊厳を回復させる手伝いができるのなら、それは私が自分自身に対して抱くポジティブな幻想を代わりに実現してあげることになるだろうから。

 

 

https://www.amazon.co.jp/%E9%A2%A8%E4%BF%97%E3%81%A7%E5%83%8D%E3%81%84%E3%81%9F%E3%82%89%E4%BA%BA%E7%94%9F%E5%A4%89%E3%82%8F%E3%81%A3%E3%81%9Fwww-%E3%82%B3%E3%82%A2%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E6%B0%B4%E5%B6%8B-%E3%81%8B%E3%81%8A%E3%82%8A%E3%82%93/dp/4864367191/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1530218583&sr=8-1&keywords=%E6%B0%B4%E5%B6%8B%E3%81%8B%E3%81%8A%E3%82%8A%E3%82%93

 

https://www.amazon.co.jp/%E7%94%B7%E3%81%97%E3%81%8B%E8%A1%8C%E3%81%91%E3%81%AA%E3%81%84%E5%A0%B4%E6%89%80%E3%81%AB%E5%A5%B3%E3%81%8C%E8%A1%8C%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%8D%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%9F-%E7%94%B0%E6%88%BF-%E6%B0%B8%E5%AD%90/dp/4781612792/ref=pd_sim_14_70?_encoding=UTF8&pd_rd_i=4781612792&pd_rd_r=dd8cd7d8-7b13-11e8-883f-c98ab277f5ff&pd_rd_w=nzMWR&pd_rd_wg=h2p0U&pf_rd_i=desktop-dp-sims&pf_rd_m=AN1VRQENFRJN5&pf_rd_p=7990452376513976631&pf_rd_r=219Q5FYDVAR86NRNND1M&pf_rd_s=desktop-dp-sims&pf_rd_t=40701&psc=1&refRID=219Q5FYDVAR86NRNND1M

 

https://www.amazon.co.jp/%E5%A3%B2%E3%82%8B%E5%A3%B2%E3%82%89%E3%81%AA%E3%81%84%E3%81%AF%E3%83%AF%E3%82%BF%E3%82%B7%E3%81%8C%E6%B1%BA%E3%82%81%E3%82%8B%E2%80%95%E5%A3%B2%E6%98%A5%E8%82%AF%E5%AE%9A%E5%AE%A3%E8%A8%80-%E8%A6%81-%E5%8F%8B%E7%B4%80%E5%AD%90/dp/4939015246/ref=sr_1_23?s=books&ie=UTF8&qid=1530218717&sr=1-23&keywords=%E6%9D%BE%E6%B2%A2%E5%91%89%E4%B8%80

 

https://www.amazon.co.jp/%E3%82%BB%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%81%A8%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E8%80%85-%E3%82%A4%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E5%9D%82%E7%88%AA%E7%9C%9F%E5%90%BE/dp/478165066X/ref=sr_1_fkmr0_1?s=books&ie=UTF8&qid=1530218767&sr=1-1-fkmr0&keywords=%E3%82%BB%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%81%A8%E9%9A%9C%E3%81%8C%E3%81%84%E8%80%85

 

https://www.amazon.co.jp/%E3%82%BB%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%83%9C%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%A2-%E6%96%B0%E6%BD%AE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E6%B2%B3%E5%90%88-%E9%A6%99%E7%B9%94/dp/4101297517/ref=pd_bxgy_14_img_2?_encoding=UTF8&pd_rd_i=4101297517&pd_rd_r=49e1b126-7b14-11e8-9187-f587d5faecae&pd_rd_w=vk4yY&pd_rd_wg=CCLgq&pf_rd_i=desktop-dp-sims&pf_rd_m=AN1VRQENFRJN5&pf_rd_p=3472031948783866574&pf_rd_r=GSCEQG0JYRWHPGFSAMDG&pf_rd_s=desktop-dp-sims&pf_rd_t=40701&psc=1&refRID=GSCEQG0JYRWHPGFSAMDG